カメに勝てないアスリート
 数学は人間を取り巻く自然環境の解明や観測の手段として古代から発達してきましたが,それ以外にも数学の発展に大きな影響を与えたものがあります。それは「数学に対する疑いの目」です。

 どんな時代にも物事に対してケチをつける人というのは必ずいて,「数学のこんなところがおかしい」「その理論でいくとこんなことになるぞ? おかしいじゃないか」という“いちゃもん”をつけていました。そのいちゃもんに対して反論するために,これまでの不完全な理論を修正したり,新しい概念を構築したりして,数学は徐々にパワーアップしてきました。これは現代でも続いていますし,きっとこれからもずっとそうでしょう。

とくに数学に対してのいちゃもんが多かったのは古代ギリシャの時代です。当時はソフィストと呼ばれる知識(をひけらかして相手を屈服させる)階級が多くいましたが,中には,どう考えても非常識なことを強引に正しいように理論付けて,相手に「どこがおかしいか考えてみろ」と問い詰めて喜ぶ人たちがいました。(詭弁学派といいます)。

中でも数学に関する,次の話は有名です。

「ギリシャ一足の速いアキレスという男が,カメと競争をする。ハンデとして,カメはアキレスより何メートルか先からスタートする。カメがスタートした地点にアキレスがたどり着く頃,ほんの少しだがカメはその前方にいる。そこにアキレスがたどり着く頃には,またカメはほんの少しだがその前方にいる。過去にカメがいた地点にアキレスがたどり着くと,もうそこにはカメはいないのであるから,アキレスは永遠にカメに追いつけない。」

「アキレスとカメ」という話です。どう考えたっておかしな話です。当然間違っています。

では,どこが間違っているのか分かりますか?

答えを言ってしまうと面白くありませんので,ヒントだけ言ってやめることにします。この理屈で行くと,運動しているはずの2人はぴたりと止まってしまいますよね。この点をつついてやればおかしさは指摘できるんじゃないでしょうか。あとは考えてみてくださいね。

当時の数学の理論では,この話に対して明確に反論することができませんでした。「運動の連続」「極限」という概念が発達していなかったからです。しかし,これらの概念で武装したことにより,このようなでたらめな話をきちんと否定できるようになりました。数学が一回り,パワーアップしたわけです。

こうした「詭弁」をもう一つ紹介して終わりましょう。「飛んでいる矢は止まっている」という話です。

「飛んでいる矢がある。矢は,ある一瞬に注目すると静止して見える。運動は瞬間が積み重なったものだから,矢の運動はこの静止状態が積み重なってできている。静止状態をいくら積み重ねても動きはしない。つまり,飛んでいる矢は止まっている。」

ふ〜む・・・絶対におかしい・・・ でもどこが???

この話は,微分学が生まれる原動力になりました。