偏差値の憂鬱
夏休みに入り,学生の皆さんは勉強に忙しい毎日を送っていることでしょう。(そう願いたいものです)

特に受験生の皆さんは,この夏休みが勝負とがんばっていることだと思います。どうか体に気をつけて,暑い夏を乗り切ってください。



さて,受験生ならずとも一度は耳にした事のある「偏差値」という言葉。受験の申し子のようなこの数値,あんまりいい思い出のある方はいらっしゃらないのでは?

「偏差値が下がってきている」

「偏差値があと5上がれば○○の学校がA判定だぞ」

なんて,まるで「私の成績の全てを現す数値」であるかのように使われて,時には「受験戦争の引き金だ」なんていじめられているこの偏差値。皆さんはこの数値の本当の意味をご存知でしょうか?

----------------------------------------------------------------------------

お子さんが学校のテストを持ってきました。前回のテストは30点だったので,しこたま説教をしましたが,今回は何と85点。

ま〜あ! よくがんばったわね! 今夜は何か美味しいものでも作ってあげようかしら・・・

何てことがよくあるのかどうなのか分かりませんが,30点に比べれば85点というのは確かに飛躍的な点数の伸び。思わず子どもを称えたくなるのは当然でしょうね。


ただ,ここが数値統計の落とし穴。


本当にこの子の成績は「55点アップした」と言えるのでしょうか?

だって,前回と今回とでは,テストの中身は違うのですよ?



仮に前回のテストはとても難しくて,平均点が28点だったとしたら,この子は随分がんばったことになるでしょうね。反対に今回のテストはめちゃくちゃ簡単で,平均が90点を超えていたとしたら,この子はあんまりいい点が取れなかったと言えそうです。



単純にその点数だけを見て,よしあしを判断してはいけない。



これは有名な話ですよね。だからこそ,テストでは平均点をいうものを必ず出して,判断の材料にしているわけです。

----------------------------------------------------------------------------

またある日のこと,今度はお子さんがこんな報告をしてきました。


「お母さん,今日のテストは50点だったよ。でも,平均点も50点だって。」


前回の話で平均点を考慮に入れるべきだと反省したお母さんは,この報告を受けて,


「そっか,じゃ,あなたの成績はクラスで真ん中くらい,つまり,普通ってことなのね。とりあえずは,みんなに遅れてなくてよかったわ」


と感じました。


ところが,ここにも落とし穴が隠れているのです。



平均点とは,みんなの点数を人数で均等にならしたものです。次の3つのパターンをみてください。

  (1) 10 10 10 10 10
  (2) 11 9 14 10 6
  (3) 0 0 0 0 50

(1)〜(3)の平均が,どれも10点になるのがお分かりでしょうか。現実的に一番ありえるのはAのように,みんながある程度にバラバラな点数をとる場合でしょうが,@のようにみんなが同じ点数だったり,Bのように一人だけが高い点数をとる場合だってないとはいえません。でも,平均点はどれでも一緒になってしまうのです。



さっきの場合,「子どもの点数が50点,平均が50点」という情報から,お母さんは


  @ うちの子の成績はクラスで真ん中くらいである
  A うちの子の成績は普通である


という2つの判断をしていますが,もし今回のテストのクラスのみんなの点数が

50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50

だったとしたら,この子の成績は真ん中とはいえませんね。みんなの力が同じなのですから,今後トップにもビリにもなる可能性があります。



もっと極端な例を言うと,

0 0 0 0 0 0 0 0 0 50 50 100 100 100 100 100 100 100 100 100

だったらどうでしょう。

100点をとってる子がこんなにいるのに,あるいは0点の子がこんなにいるのに,うちの子はどうして50点なんて浮いた点数をとっているのかしら,ちゃんと授業についていけてるのかしら,と不安になりませんか?

めったにないことですが,もしクラスの点数の分布がこんな偏った状態なら,50点という点数が「普通である」とは言い切れそうにありませんね。


平均点とはあくまでも集団の点数を均等にならしたものです。たくさんとった子も,とれなかった子も全部混ぜて,みんなで仲良く平等に分け合っただけなのです。だから,「みんなが平均点と同じだけ点をとった」とか,「平均点が普通の点数だ」と考えてはいけないのです。

----------------------------------------------------------------------------

ここまで来ると,お母さんは疑心暗鬼になります。お子さんが平均点より高い点数をとってきても安心できません。



「この子の点数は,平均点と比べてどれくらいの位置にあるのか」



ということが気になり始めます。



これが,偏差値という考え方の始まりなのです。



テストの点数に限れば,「偏差値」という数値が前面に出されますが,もともとは「偏差」という発想が統計学にはあります。集団というものは平均だけではその特徴を言い表すことができません。先ほども例を出したように,同じ平均であっても

(1)みんなが同じ数値
(2)みんながランダム(うまく混ざっている)
(3)数値が極端に高い人がいて,平均を上げている

といったようなパターンがあるわけです。この(1)〜(3)をみて,いくら平均が一緒だからって「この3つの集団は,同じ性質を持っている」とは言えませんよね。

そこで,平均のほかに,「その集団の中で,どれくらい散らばり具合があるか」というのを計算することにしたのです。

これを「分散(偏差の一種)」といいます。

(1)の場合はみんなが同じ数値ですから,全く数値が散らばっていません。だから分散は0に近く,(3)の場合はみんながバラバラですから,分散はとても大きな数になります。

この「散らばり具合」を計算することで,集団の持っている性格をより詳しく分析できるようになりますし,ある1つのデータが,集団の中でどれくらいの位置にいるのかをきちんと調べることができるようになりました。

この特性が受験業界では広く採用され,「偏差値」という数値が考案されたのです。

----------------------------------------------------------------------------

お子さんの点数が「平均点より10点高かった」としましょう。

ここで問題ですが,このクラスの散らばりを調べた結果,次のどちらの場合が,お子さんの点数に価値があると思いますか?

  @ クラスの中には,平均点より30点高い人も,40点低い人もたくさんいた。
  A クラスのほとんどの人は,平均点とそんなに変わらない点数をとっていた。

これ,実はAの方が統計学的には「価値がある」のです。

@は,みんながバラバラの点数,つまり分散が大きい場合です。平均点からとっぱなれた点数をとってる子が多いわけですから,「平均点より10点高い」点数の子も結構いるはずです。だから,あまり珍しいことではないといえます。

ところがAでは,みんなが平均点の近くに集まっていますから,分散が小さいことになります。平均点近くでみんながもがいている中,この子はそれを10点も上回るという快挙を成し遂げました。みんなを一歩リードした,ということで,高い評価をもらえることになります。

このように,その子のとった点数が,平均や全体の散らばり具合も考慮して,どれくらいの価値があるのかをはっきり数値化したものが「偏差値」なのです。

偏差値の特徴をいくつか挙げると,

・どんなに中身が違うテストでも,偏差値なら同じ尺度で比べられる
・その人の「集団の中での位置」がはっきり分かる
・人数がいくら増えても,同じ尺度で比べられる。
・50だと「普通」,60を超えると上位15%,70を超えるとほぼトップクラス
・反対に,40より下だと下位5%,30より下だとほぼ最下位クラス

といったところでしょうか。

計算方法も一応載せておきます。テストが返ってきたら,「平均点」と「標準偏差」という数値(聞けば教えてもらえると思います)を準備してください。まず,

 (あなたの点数)−(平均点)

を出して,これを10倍します。その答えを「標準偏差」で割ってください。

最後に,50を足して出来上がりです。あなたの点数が平均点より低い場合は,最初の引き算の段階で「マイナス」が出てくるはずです。だから,最後に50を足したとき,50よりも小さな答えが出ることになります。

---------------------------------------------------------------------------

集団の中での自分の位置を,平均点だけに頼らず,明確に把握したい,という純粋な気持ちから統計学で開発された「偏差」という考え方は,受験業界に「偏差値」という形で颯爽と現れました。

この数値の統計学的な価値は大変に大きく,どれだけ役に立っているか分かりません。

しかし悲しいことに,偏差値はまるで悪者であるかのように批判されることもあります。それは,偏差値の本当の意味も理解しないまま,指導者側が「受験合格への唯一のものさし」であるかのように使ってしまい,信じさせ,その子の努力や個性も無視して数値化してしまうところにあるような気がします。

偏差値はあくまでも「統計学的な尺度」に過ぎません。「平均点」や「最高点」等と同じような,たくさんあるうちの1つの数値に過ぎないのです。

今の受験業界は,「偏差値さえ押さえておけば,その子の成績は全て分かる」という「ヘン(偏)」な考え方に取り付かれているような気がします。

もっといろいろな視点から物事を捉え,その子のいい面を的確に分析し,正しく情報を与えてあげることが必要な気がします。これは,統計学の目的であり,願いでもあります。



偏差値に罪はありません。使う私たちの問題なのです。



どうか,正しく理解し,的確に役立てていただけることを願って止みません。