角度を科学する(2)
 
今回は「三角比」のお話です。

そうです。多くの人が「高校数学で覚えている言葉は?」と聞かれると「サイン,コサイン,タンジェント」と答える,あの三角比です。

苦しめられた記憶のある人もたくさんいるのでは?

いったい,三角比とは何だったのでしょうか。

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前回のこの連載では,坂道の角度というお話をしました。

現実にはほとんど断崖絶壁に見える「45度の坂道」の場合,水平に100m進むと高さが100m上昇します。200m進むと,高さは200m上昇し,1km進むと,1km上昇します。

つまり,「45度の坂道」は,1進むと1上がる割合の坂道です。



同様に,30度の坂道では,1000m進むと約557m上がりますから,割合としては1進むと0.557 (1/√3) 上がるといえますし,60度の坂道では割合として1進むと1.732 (√3) 上がるといえます。

この,坂道を1進んだときの上昇割合のことを,正接(タンジェント)といいます。

  45度の坂道のタンジェントは1

  30度の坂道のタンジェントは0.577

  60度の坂道のタンジェントは1.732

ということになり,これを記号で

  tan45°=1

  tan30°=0.577

  tan60°=1.732

とかくことになります。見たことある式になってきましたね。



坂道は「実際の斜面上の長さ」,「水平方向に進む長さ」,「鉛直方向に進む長さ」の3つの要素でできています。ちょうど,直角三角形の「斜辺」「底辺」「高さ」にあたる部分です。タンジェントはこのときの「高さ÷底辺」のことを意味しています。

直角三角形の辺は3本ありますので,割合を考えるときの2辺の組み合わせは他にもあります。

  「高さ÷底辺」

が「タンジェント」ならば,

  「高さ÷斜辺」

は「サイン(正弦)」といい,

  「底辺÷斜辺」

は「コサイン(余弦)」といいます。

この3つの辺の比をまとめて「三角比」と呼んでいるのです。


いずれにせよ,三角比とは,坂道がどのような割合で上昇するものかを示す比だといえます。

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三角比は,高校数学の中でも非常に実用性が高いものです。

その実例をいくつか紹介しますと,まず「三角比表」というものがあります。(インターネットなどで検索すると,すぐに見ることができます。)

これは,45度の直角三角形ではタンジェントが,つまり「高さ÷底辺」がいくらになるか,16度の直角三角形ではサイン,つまり「高さ÷斜辺」がいくらになるか,といった数値を計算して載せてある表です。

例えば富士山の高さは3776mですが,麓から山頂までの斜面をずっと登って計測すれば,直角三角形の斜辺の長さが分かります。

これにより,富士山の「高さ÷斜辺」が計算できますから,富士山の「サイン」が分かります。この数値を三角比表で調べてみると,富士山の傾斜が何度なのかが分かることになります。

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しかし,このような単純な使い方だけではありません。

三角比の素晴らしいところは,「三角形に関するあらゆる計算」を可能にしたという点です。

別に直角三角形でなくとも,その三角形の角度や辺の長さ,面積,外接円や内接円の半径などを,極めて少ない情報から計算で求めることができます。

三角形には6つの基本数値があります。

3本の辺の長さと,3つの角の角度です。

この6つのうちの3つを測るだけで,残りの3つの数値,その三角形の面積,外接円や内接円の半径は計算で導くことができるのです。

例えば,ある三角形の2辺の長さが30kmと17km,その間の角が41度だと分かったら,残りの辺の長さや角度,面積は,測らなくても分かるのです。

これは,山の高さや谷の深さ,土地の面積など,地理的な制約ですべてを自由に測量できない場合に,大きな効力を発揮します。

こうした計算の中心となるのが正弦定理・余弦定理という2つの定理なのですが,詳しい説明は省くことにして,それを応用して完成した便利公式を1つだけ紹介しましょう。

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三角形の面積は,「底辺×高さ÷2」で計算できます。これは小学生でも知っている有名な公式ですが,現実的にはちょっと不便な公式です。


普通,三角形の高さは測りません。


広大な土地に大きな三角形の土地があったとして,その面積を計算しろといわれたら,皆さんはどこを測るでしょうか。

3つの辺の長さが,一番簡単に,正確に測れると思いませんか?

高さを測ろうと思ったら,底辺から垂直な線を正確に作図しなければならないし,広い土地の上を,高さを測るためにまた歩かなければならないし,歩いている途中で高さの線が曲がってしまうかもしれません・・・

3辺の長さだけで面積が計算できたらいいのに・・・

それが,「ヘロンの公式」なのです。

例だけお見せします。

例えば3辺の長さが15km,18km,21kmの三角形の面積。

(1)まず3辺の長さを足します。・・・15+18+21=54

(2)それを2で割ります。・・・54÷2=27

(3)この数を使って,次のような計算をします。
    27×(27−15)×(27−18)×(27−21)=17496

(4)ルートを取ります。・・・54√6(=132.3)

ルートの計算は電卓でもできますので,この公式を使うと,巻尺だけをもって三角形の長さを測り,手軽に面積を出すことができます。

しかも,どんな複雑な図形でも三角形に分けることができますから,分度器やコンパスを一切使わず,辺の長さを測るだけでどんな土地の面積でも測ることができます。ヘロンの公式は,古代の実用数学における大発明だったのです。

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今日は少々難しい話になってしまいましたが,三角形の角を測るため,分度器からスタートした角度の数学は,三角比という概念を経て,再び三角形の測量という,原点に返ってくることになりました。

その経過は確かに難しく,ややこしいものですが,最終的には大きな実用性を伴って,私達の元に戻ってきてくれたのです。

角度の科学は,数学の中でも数少ない「実用的に完結した」,きれいな理論だと私は思っています。

通勤途中のふとした坂道を目にするたび,古代の人々の英知や困難,自然への挑戦,そして構成の私たちに大きな財産を作ってくれたことへの感謝が浮かんでくるのです。



なんて,ちょっと大げさですかね。