極限のその先へ
  高等数学の入り口として世の高校生たちを悩ませるのが「極限」という考え方です。

読んで字の如く,「限りなく近づく」という発想なのですが,例えば「x」が0に近づくと,「3x+1」という式の値は何に近づきますか? というものです。

もちろん,1に近づくというのが正解です。「xが0になる」のだから,3x+1にx=0を「代入」すればすぐ答えは分かります。

ただ,ここの所に日本語としての極限の「微妙」なニュアンスが入っています。

「極限」とは,「限りなく近づ」いたときの値のことです。

「ギリギリまで近づくけれど決してその値にはならない」

という意味が含まれています。だから,「0に限りなく近づく」といった場合は,

1→0.1→0.01→0.001→0.0001→・・・→0.00000000000000001→・・・

といったように変化をしていき,しかし決して0にはならない,という意味合いになってしまいます。

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どうしてこのような「ヘンな」考え方があるのかというと,数学では「その値になっちゃ困るけど,その値に近づけて考える必要がある」場合があるからです。

例えば,ある材料を10kg以上使ってはいけないといわれたとき,最大で何kgまで使うことができるかと質問されたら,どのように答えますか?

「9kg」

と答えるかもしれませんが,そんなことはありません。「9.5kg」でも「9.9kg」でも大丈夫なはずです。

そう考えてみると,「最大で何kg」と答えることはできません。10kgよりも,1gでも1mgでも少なければ問題ないわけですから,はっきりした値を言うことはできないわけです。

「10kgになっちゃ困るけど,限りなく10kgに近い値なら大丈夫」

これが,極限という発想なのです。

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こんな例もあります。

数学では「0で割る」という行為は許されませんので,分数の分母に0がくることは許されません。

したがって,1/xという分数があったとき,x=0となっては困るわけですが,「限りなく0に近づく」ことは問題ないはずです。

xが0に限りなく近づくとき,1/xの極限はどうなるか考えてみましょう。

x=1からスタートして,徐々にxを小さくしてみます。

  x=1のとき,1
  x=0.1のとき,10
  x=0.01のとき,100
  x=0.001のとき,1000

      ・・・

  x=0.00000000001のとき,100000000000

分母が細かくなると,分数全体は大きくなっていきますので,xが0に近づけば近づくほど,1/xの値は限りなく大きくなります。

だから,極限は「いくら」といえないほど大きいので,「∞(無限大)」と表現します。

1個のパンを細かいサイズに分ければ分けるほど,かけらの数は多くなる,とでも言いましょうか・・・

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極限の考え方は,数学では「微分法」を学習するときに初めて登場します。関数のグラフの上に接線を引くとき,グラフ上の離れた2点を結ぶ直線を準備しておいて,その2点間の距離を限りなく近づける,という考え方をするのです。

小学校から続く算数・数学の学習の流れの中で,初めて学習する「動的な定義」がこの極限なのかもしれません。「限りなく近づくとき・・・」といった,動きを含めた言葉の約束は,このとき初めて体験することになります。

この違和感が,微分法の導入を難しくする一因なのですが,極限のもつ「ややこしさ」は,何も生徒たちだけが経験するものではありません。

数学の歴史の中でも,ずいぶん数学者たちは「アレ???」という思いをしてきました。

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インチキではないけれども,だまされたような気分になる話をしましょう。

  1/3=0.3333333333・・・

だということは,皆さんご存知だと思います。

  1/9=0.1111111111・・・

  2/9=0.2222222222・・・

という風に,分母が9の分数は,同じ数字が繰り返す「循環小数」になることが知られています。

0.555555… は「5/9」だし,0.777777… は「7/9」です。

では,「0.9999999999・・・」は,いくらになるのでしょう?







正解は「1」です。

限りなく最大数9が出続ける小数は,1と等しくなるのです。

納得できますか?



この話は,「循環小数を分数に直す方法」「等比級数の和」などを利用して,きちんと数学的に正しいことが説明できるのですが,小学生向けに理由を説明するならば,次のようになります。


1−0.9999999999… を計算すると,「0.000000000…」になる。いつまでたっても0以外の数は出てこないから,これは「0」と同じだ。引き算した答えが0なのだから,2つの数字は同じものだ。だから,1=0.9999999999…である。


いずれにしても,何だかややこしいというか,だまされたような,丸め込まれたような気になる結果です。以前拙稿でも「無限の恐ろしさ」というお話をさせていただきましたが,それに通じる奇怪さがあるような気がします。

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私たちの日常生活において「極限状態」とは,できることなら出会いたくない状態です。
もうこれ以上は無理,という,ギリギリの状態のことだからです。

数千年の歴史をもつ数学という学問が,「無限」や「極限」という考え方にたどり着いたのは,まだほんの数百年前の話。それまで数学は,このややこしい,怪しい世界からあえて眼をそむけていたのです。

先人たちの壮絶な努力の甲斐もあり,数学は「極限」の世界へ足を踏み入れ,もがきながらも様々な成果を得続けています。

極限状態を乗り越えてこそ,見えるものがある,得られるものがある。

私たちにも言えることかもしれないな,と,生徒が極限の授業で「分からん」「分からん」と苦しむ姿を見る度に思います。