さあ,無限の彼方へ
身の回りに,本当に「無限」と呼べるものは意外とありません。

「夜空に輝く無数の星屑」なんていいますが,じゃあ星の数は無限なのか,というとそうではありません。数え切れないほどたくさんあることは間違いないですが,個数は有限個のはずです。

「地球上にある砂粒の数」など気が遠くなって数える気すら起こりませんが,これだって決して無限ではありません。地球の大きさは決まっているわけですし,その上にある砂粒の数も,有限のはずです。

「君の行く道は 果てしなく遠い・・・」。
こんなことをいうと「情緒のないやつ!」と怒られるんですが,人の行く道である以上,本当に果てしない道などありえません。きっとどこかに終わりが来るはずなのです。



「無数」とは,あきれるほど膨大で,数えることが不可能な場合をさしますが,数学でいう「無限」はちょっと意味が違います。

「無限」とは,本当に限りがなく,いつまでたっても終わりがないことがきちんと確認できる状態を指します。

そう考えるとですね,この世の中で本当に「無限」と呼べるものはなかなかないんですよ。

「無限」とは,数学の中にだけ存在する,特別な概念なのかもしれません。

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さて,現実の中にはあまり見られない「無限」ですが,数学の中には頻繁に登場します。

例えば「数はいくつありますか?」と聞かれれば,「限りなくたくさん」と答えますよね。

「面積が10平方メートルになるような形はいくつありますか?」
「点Aから点Bまで,自由に移動する道は何本かけますか?」
「直線は,何個の点が集まってできているのですか?」

いずれも「無限」にある,と答えられるでしょう。

無限とは「ものすごく数が多い」というよりは,「限りがなく,キリがない」という意味の言葉であって,「無数」とは意味が違います。

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さっき,「無数とは,あまりに多すぎて数えられない状態のこと」だといいました。

地球上の砂粒の数だって,数えようと思えば数えられるのでしょうが,それには膨大な忍耐力と人手,そして有り余る暇が必要ですから,現実問題「数えられない」といってよいでしょう。


ところが,それに対してですね,「無限」はきちんと数えることができるのです。


同じ「無限」同士であっても,こっちの無限は,あっちの無限よりも数が多い,といったように,きちんと数えて比べることさえできます。


例えば皆さんは,

「数直線の上に並んでいる全ての数(小数,分数も含めて全て)」

の個数と,

「1,2,3,4,・・・のような自然数だけ」

の個数と,どちらが多いと思いますか?


もちろん,最初の方ですよね。自然数は数直線の中に含まれているのですから。


「数直線全部の数」と「自然数」は,どちらの個数も限りがありません。無限です。

しかし,「自然数」の無限より,「数直線全部」の無限の方がレベルが上だと言えます。数学的な方法でそれぞれの無限を「数えて」比べることで,それが分かるのです。

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歴史上初めて「無限」をきちんと数えようとしたのはカントールという人だといわれています。

カントールは「自然数」の無限を「レベル0」,「数直線(実数)」の無限を「レベル1」として,あらゆる「無限」をレベル分けすることを考えました。

こっちの無限は自然数と同じレベル0,あっちの無限は実数よりも多いレベル2,といった具合に,どんな無限にもレベルを付けることができるようにしたのです。つまり,無限の中にある個数を数えることに成功したわけです。


ところが大問題が発生しました。


カントールの「無限の数え方」は,数学的にも納得のいく理論的な方法なのですが,この方法で無限を数えていくと,これまでの常識が次々に覆されてしまうことが分かってきたのです。


例えば皆さん,

「自然数1,2,3,・・・」

の個数と,

「整数 ・・・−3,−2,−1,0,1,2,3,・・・」

の個数と,どちらが多いと思いますか?


自然数は整数の一部分なのだから,当然整数の方が多いと思うでしょう? でも実は「同じ」なのです。カントールの方法で数えると,どちらの無限レベルも「0」になってしまうのです。


では,

「1,2,3,4,5,6,・・・」



「2,4,6,・・・」

ではどうですか?


左は全部の自然数,右は偶数だけだから,当然左の方が多いと思われるでしょうが,これまた同じなのです。


直線は「点」が集まってできています。直線の上には無限に点が並んでいます。

では,

「長さ2cmの直線」



「長さ1cmの直線」

では,どちらにたくさんの点が含まれているでしょうか?


これまた同じです。カントールの数え方では,どちらも「レベル1」の無限になります。



常識的には明らかにどちらが大きいかが分かっているものでも,実際に無限の個数を数えてみると「同じ」になってしまうのです。



もっとひどい例を言えば,

「長さ1cmの直線」

と,

「一辺が1cmの正方形の内部」。

どちらが点がたくさん含まれていると思いますか?



いくらなんでも・・・ でも,まさか・・・



と,嫌な予感がしていらっしゃるかも知れませんね。実は同じなんです。



カントールの結論によれば,直線や面,立体のように図形的には明らかに異なるものでも,「個数」という点で分類すると全く同じものになってしまうのです。

これは「無限」の奥深さであり,薄気味の悪さでもあります。



当時の数学者たちは,この事実をどうしても直感的に受け入れることができず,カントールの理論を支持しようとはしませんでした。

「詭弁である」と糾弾するものさえいました。

まっとうな数学者の中にさえ,「数学は,無限を対象としてはならない」として,無限の概念を必要とする数学をすべて排除しようとした学派が現れたほどです。

カントール自身,無限が秘めているこの不気味さと,周囲からの孤立に耐えることができず,精神に混乱をきたし,哀れな晩年を過ごしたといわれています。彼の理論が支持され,現代数学になくてはならない基礎となったのは,彼の死後しばらく経ってからのことでした。


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現代数学にとって,無限とは避けて通れない,そして無くてはならない概念です。


人間の身の回りの生活に,無限と呼べるものはほとんどありません。


しかし,無限の彼方に思いを馳せ,その遥か彼方を「形としてきちんと」捉えることができるのも,また人間なのです。


無限の彼方を研究することで,自然現象の精密な分析や,遠い将来に対する統計的な考察が可能になってきました。カントールが果たせなかった願いを込めて,これからも数学とともに,人類は発展し続けていくことでしょう。


その営みは,果てしない無限の彼方に向かって・・・