あいまい数学は人間的?
  その昔,「ファジー」という言葉が流行ったことがありましたが,この言葉,「本来の意味とは違う受け取られ方をした」ことでも有名でした。

「ファジー」とは不鮮明,あいまい,ぼんやり・・・といった,あんまりいい意味では使われない単語なのですが,当時は「ファジー洗濯機」「ファジー掃除機」「ファジーエアコン」といった電化製品が大ヒットしていましたから,我々の方もすっかり「ファジー」という言葉に好印象をもっていた気がします。

「お前はファジーな奴だね」

なんて言われて大喜びしていたら,実は馬鹿にされていた,なんて経験ありませんか?


え? ない?



私だけですかね・・・

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さて,前置きが少しおかしくなりましたが,今回のテーマは「ファジー」。

あいまいさ,というお話です。


よく,「数学には答えが一つしかない」とか,「数学はあいまいさを許さない,厳密な学問だ」と言われます。

確かにそれは間違いないのですが,数学をはじめとする科学には,「あいまいさ」を必要とする分野が必ずあります。「厳密にやってもらっては困る」という場合があるのです。


例えば小学校で習う「およその数」。



ゴールデンウィークもスタートし,お出かけ中の車内でこのMMをご覧の方もいらっしゃるかもしれませんが(いて欲しいですね),お子さんから


「あとどれくらいで着くの?」


と聞かれ,走行距離と速度を厳密に計算し,


「あと2時間13分35秒だね」


なんて答えるお父さんがいるでしょうか。



いても構いませんが,ちょっと融通のきかない,頑固なお父さんかもしれません。

普通は「あと2時間ちょっとだね」とか,ぼんやりした言い方をしますよね。聞いた方もそれ以上のことは求めていませんし,厳密な回答をされても分かりにくい,という面もあるでしょう。




長時間の運転を続け,もうすぐ自宅に帰りつくという車内で,お父さんから


「母さん,今回の旅行で我が家はどれくらい使ったんだい?」


と聞かれ,予算とレシートと領収証を詳細に検証し,


「総計23万5302円だから,予算よりも4万2175円オーバーだわ」


と答えるお母さんがいるでしょうか。


いても構いませんが,一部の隙もない,妥協を許さないお母さんかもしれません。お父さんも,「母さんにはごまかしが効かないな」と観念するでしょうが,案外お似合いの厳密夫婦かもしれません。


ただ,普通は「そうね,20万以上使っちゃったかな」くらいのあいまいな言い方をしますよね。


厳密で正確すぎる数字は,余計な細かいところに目がいってしまい,時に本質的で重要な部分を伝わりにくくしてしまうという欠点も持っているのです。

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数学とは少し離れますが,理科などの実験で「有効数字」という言葉を聞いたことはありませんか?

理科の問題などで,「有効数字3桁で答えなさい」と言われ,小数点以下を四捨五入したり,「10の何乗」を使って桁数を減らしたりした経験があるかもしれません。

「有効数字」とは,「誤差」の連鎖による被害を少しでも減らすために用いられるものです。

理科に代表されるような,実験を伴う科学の場合,どうしても長さや重さを測定する必要が出てきます。数学でも面積などを調べる場合,定規を使って図形の辺の長さを図ったりするわけですが,人間が行う作業ですので,人によって必ず「誤差」が生まれてしまいます。

例えばある正方形の1辺を3人で測ったら,それぞれ34.5cm,34.6cm,34.55cmだったとしましょう。すでに人によってズレが出てきていますが,面積を求めるために掛け算をすると,そのズレはもっと大きくなります。

   34.5 ×34.5 =1190.25 平方cm

   34.6 ×34.6 =1197.16 平方cm

   34.55×34.55=1193.7025 平方cm


本当に正しい数値は,神様しか知りません。

測った人の目線がずれていたかも知れないし,正方形の線が曲がっていたかもしれないし,定規のメモリが歪んでいたかもしれませんから,人間には本当に正確な数値を測りとることは困難なのです。


では誤差があることも考慮に入れて,上の3つの面積を見てみましょう。


小数点よりも左側,千の位が「1」だというのは間違いなさそうです。百の位が「1」だというのも大丈夫でしょう。十の位が「9」だというのも信用できそうですが,問題はそこから後です。

一の位は「0」,「7」,「3」と分かれていますが,果たしでどれが正しいのでしょうか。

この3人の測り方では,一の位から下は「合っているのかどうか自信がもてない」といえそうです。今回の測定で自信をもって言えるのは,



  正方形の面積は「1190」平方cm以上である



ということだけです。これ以上余計なことを言うと,正確さを失う可能性があります。これが今回の測定の「有効数字」と呼ばれます。


もしこの有効数字を無視し,数字の厳密さを要求して「面積は1193.7025だ!」と主張してしまったら,かなりの誤差を抱えたまま,信用の置けない数値を使い続けなければならなくなります。一の位ですら信用できない数が使われているのです。ましてや小数第4位の「5」という数字に意味があるのでしょうか。


誤差は計算を繰り返すほど増幅され,最終的には始めの何十倍にも膨れ上がってしまいます。有効数字は,誤差が生じることを考慮に入れ,より信頼できる部分だけを扱っていくための知恵なのです。

「1193.7025」という細かい数字の列よりも,「1190より大きい」というあいまいな数値の方が正確で信用できるなんて,なんだか不思議な気がしますよね。

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「ファジー電化」がもてはやされたのは,それが人間に近い感覚を持っていたからです。
電化製品に組み込まれているコンピュータは,与えられたプログラムを正確に何回も繰り返すためのもの。

1分間に300回転といわれたら,人間がスイッチを切るまで絶対に300回転しかしません。21℃の冷風を出せといわれたら,絶対に21℃の冷風しか出さないものだったのです。

しかし,洗濯機で洗うものはいつも同じではありません。衣類の密度や重さ,やわらかさをうまく感知して,「この量だと今回は280回転くらい」「今日は量が多いから350回転くらい」と機械が調整してくれる機能がついたのです。

エアコンにしても,常に21℃の風を出していたら,だんだん21℃よりも室温が下がって寒くなってきます。エアコンには,現在当たり前のように「自動」という機能がついていますよね。あれはセンサーが室温を感知して,「ちょっと寒くなってきたから風を出すのをやめようかな」と融通を利かせてくれているのです。

「ファジー(あいまいさ)」の発想により,正確無比なコンピューターは,より私たちにとって使いやすい,便利なものとなりました。

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数学は,厳密さを求める科学です。

コンピューターも,厳密なプログラムの履行のために不可欠です。

しかし,厳密さの裏に,あいまいな部分がなければならないことをお話してきました。

それは,数学もコンピューターも,私たち人間が使うものだから。

人間は,極めてあいまいな感覚を持つ生き物です。あいまいな私たちに合うように,数学を始めとする科学は姿や形を変えてきたともいえます。

「木を見て森を見ず」とはよく言いますが,重箱の隅をつつくような細かさに追われていると,全体に隠された大きな本質を見失ってしまうもの。

細かいことは気にしない。それが「人間的な正確性」

そう考えると,なんだか救われた気持ちになりませんか?

数学にも,そんな人間的な正確性を支える「人間的な」一面があるんですね。