右の図のような地面と30°の角をなす板(半直線OA)があったとして,その上を人が歩いているとします。
(余談ですが,ものすごい角度の坂道です。よろしければこの記事もご覧ください →坂道の角度)
この人が,板の上のどの地点Aにいたとしても,図中のAH/OA,OH/OA,AH/OHという分数の値は同じです。
これらは「30°」という角を変えない限り絶対に変わりませんから,「30°」という値に固有の数値だと考えられます。
そこで,これらの値を順に,sin30°,cos30°,tan30°と名付け,30°の三角比と呼んでいるわけです。ここまではよく知っていることでしょうから,何を今更,という感じでしょうね。
ところで,直角三角形には3つの辺があります。
sin(正弦),cos(余弦),tan(正接)は,3辺のうち2辺を選んで分子分母に並べたものですが,3つの辺から2つ選んで組み合わせる方法は6通りあります。
つまり,OA/AH,OA/OH,OH/AHという比の作り方も出来ますし,これらもちゃんと一定値になります。
なぜ,これらが三角比として採用されなかったのでしょうか?
でもご心配なく。これらも立派な三角比の仲間で,それぞれ正割,余割,余接と名前がついていて,
sec30°(セカント)
cosec30°(コセカント)
cot30°(コタンジェント)
と書かれることになっています。
結局のところ,三角比には6種類があるのですが,通常はsin,cos,tanの3つがあれば,残りはその逆数ということで済むので,残る3つはあまり学習することはなくなってきました。
さて,数学に興味のある人であれば,ここまでの話も実は知っていたかもしれません。ちょっと詳しい数学の本を見れば,全部載っていることですからね。
では問題。どうして三角比は直角三角形の比で定義されているのでしょうか?
裏を返して言えば,三角比の定義,直角三角形ではなく,普通の三角形によるものも考えられるのです。
例えば上の図のような△OAHを考えましょう。
どちらの三角形でも∠Oは60°ですが,例えば直角三角形のときのsinにあたる比,AH/OAは,左と右の三角形で全然違いますね。
当然です。これらの三角形は相似ではないからです。
もっと核心に迫ったことを言えば,∠Hが等しくないからです。
つまり,直角三角形でない三角形の場合,左下だけでなく,右下の角まで一致すれば,AH/OAなどの比は一定だといえます。そこで,次のように定義することにしましょう。
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△OAHの三角比とは,
∠O=α,∠H=βとするとき,
sin(α,β)=AH/OA
cos(α,β)=OH/OA
tan(α,β)=AH/OH
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とくに,βが90°のときは,普通の三角比と同じになります。
このように約束をしておけば,どんな三角形に対しても三角比が定義できます。
この定義にのっとって,三角比のいろいろな公式(正弦定理,余弦定理)を矛盾なく導くこともできるようです。
もちろん,こんなややこしい定義で三角比を考えていたら,とても実用的な計算はできません。
三角比は古来より,辺の長さや面積等の測量を伴う分野で生み出され,活用されてきたわけですから,ピタゴラスの定理に代表されるように,計算のしやすい直角三角形を元に定義したほうが都合がよかったのかもしれません。
今回の話はあくまでも,こんな定義もあるんだよ,という紹介だと思ってください。
ただ,こうして数学の世界というのは広がっていくんです。
常識や直感から始まった概念であっても,ここをこう変えたらどうなるだろう? もしこの条件がなかったらどうなるんだろう? と考える習慣をつけておくのは大事なことですね。
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